力を奪うことば

カウンセリングの主訴は、大きく2つに分けられる。
クライアント自身の問題と、クライアント以外の人に関する相談の2つ。

後者はさらに、会社や近所、友人にこんなに酷い人がいるので、どうすればその人を変えられるか、というものと、周りの人間(多くは、子ども)が心配で、というものに分けられる。

多くの場合、他者との関わりに困っている自分自身、あるいは、他者が心配で仕方がないクライアント自身の「何か」が実はメインテーマであったりするのだけれど、主訴を「誰の」問題と捉えているのか、ということは、重要な情報のひとつである。

さて、このところ多いのは、「娘(時々、息子)が心配で」という母親からの相談だ。

会ったこともない人への対応の仕方を聞かれても、私には何とも答えようがないので、「心配」の内容や妥当性を具体的に洗い出すことによって、母親自身の対人関係パターンや、母親と娘の関係性についての気づきを促す方向に話を進めることが多いのだが、話題の中心が自分になった途端「私は何の問題もありません。娘をどうにかしてください」という反応が返ってくることも珍しくない。

そういう感じ、が、娘との関係性に影を落としていることは多いのだが、カウンセリングというものは、クライアント自身の問題解決の動機がなければ進められないものなので、「自分には問題がない」と言い張るクライアントとのカウンセリング継続は無理。「それでは、お嬢さんのお話を直接お伺いしますので、お嬢さんに予約の電話を入れてもらってください」で母親との面談はおしまいになる。その後高い確率で、当の娘に話を聞くことになるのだが、そこであぶり出されてくるのが「心配」ということばによる「脅迫」だ。

「親に心配をかけてはいけない」という娘自身が内面化している、道徳的な「脅迫」がある。しかし、問題を母親に相談せざるを得なかった、問題が母親にバレている、という時点で「親に心配をかけてしまっている、ダメな子どもの私」という自己評価になっている。そんなところに、母親からの「あなたが心配」ということばが追い打ちをかけ、身動きが取れなくなってしまっている。

「あなたが心配」

多くの場合、母親は無邪気に娘にこのことばを何度も何度も投げかけている。母親に悪気はまったくない。娘に幸せになってほしいという純粋な気持ちと、いつでも力になるわよ、というメッセージをこめて、ほとんどの母親が、なんのためらいもなくこのことばを発している。

でも、それこそが、問題だったりする。


私は今現在、DV夫から逃れたところ、という、殺人事件や傷害事件に繋がる確率がいちばん高い状態にあり、実際に夫から「お前を殺してオレも死ぬ」などの脅迫の電話を受け続けているクライアントを複数抱えている。重度のうつで入退院を繰り返しているクライアントも複数抱えている。リストカットや摂食障害のクライアントも抱えてる。

まぁ、なんちゅうか、「心配」だ。

でも、私は「あなたを心配している」ということばをクライアントにかけることは、まず、ない。

なぜなら、そのことばは、クライアントの力を奪うことばだから。

まず、「心配する」「心配される」という関係性には、上下関係がある。
そして、「あなたが心配」というのは、「あなたを信用していない」というメッセージでもある。相手を無力化して「私の言うとおりにしなさい」というコントロール状態に持って行くために「あなたが心配」ということばは、大きな力を持つ。

しかし、前述したように、言っている方は何の悪気もない。「あなたが心配」ということばは、相手を勇気づけこそすれ、相手を脅迫し、萎縮させるものとして機能しているなどとは露ほどにも思っていない。まったくの「善意」である。それがわかるからこそ、心配された側は「心配かけてごめんなさい」とか「心配しなくて大丈夫だから」などと遠慮がちな拒否にとどまってしまう。自分のことを気に掛けてくれていること、そのこと自体ははうれしいし、ありがたいことだからね。

でも「心配」という「不信感」を何度も何度も投げかけられる方はたまったものではない。


「あなたを心配している」ということばの代わりに、私がクライアントに投げかけるのは「あなたを信じている」というメッセージだ。

「あなたには問題を解決する力がある」

これが、基本。
そこを信じて、待つ。


おそらく子育てにも通じるものだと思う。

「大丈夫。あなたはきっとできるから。支えてあげるからやってごらん」
「あなたを信じている」ということばは、子どものチャレンジを支える。問題に向き合う力をつける。

でも、「あなたが心配」と親に言われて育つと、どうだろう。

基本的に、子どもは親の期待に応えたいと思うものである。
「あなたが心配」と言いながら、子どもに手をかけることを生き甲斐にしていたり、心配することで、子どもの優位に立とうとしていたりすると、それは「子どもを心配したい親の気持ち」として子どもに伝わる。結果、より「心配な」子どもになってしまうのではなかろうか。

どれだけ頑張っても、自分を信じてもらえない。
これは、子どもにとって、大きな挫折であり、壁である。



「あなたが心配」ということばは、言われる側ではなく、言う側にとって、気持ちのいいことばなのである。



【edit】 [ 2008/06/27 08:47 ] こころ | TB(2) | CM(13)
気をつけて子育てしよ、っと。
そういえば昔、「しっかり頑張りなさい」「強くなりなさい」がダメってのを横湯園子にささやかれたような気が……。
コメント欄にて失礼。

http://dr-stonefly.at.webry.info/200610/article_19.html
[ 2008/06/27 17:12 ] dr.stonefly [ 編集 ]
最後の2行がしみます。突き刺さります。
悪気は、確かにないんですよね。
「心配」なときも確かにあるんだけど。
そういうときは、基本にかえること。おれならキヨシロー。
つい最近の、2005年の曲で歌ってる。

♪心配はしない 君を信じてる
 誰にもわからない でも僕は信じてる
 どんな時でも 君を信じてる
 どんな夜でも 君を信じてる
 誰かに笑われても 君を信じてる
 世界に見捨てられても 君を信じてる

それだけの値打ちのあるひとならば、何をおいても、
まずは目の前のあなたのあり方を肯定すること。
だって、他者にできるのは、背中を押すことぐらいなんだから。

そう思ってやってきた。

過去形じゃねえよ。 
[ 2008/06/28 00:26 ] なめぴょん [ 編集 ]
「長男なんだから、しっかりしろ」とか「長男のくせに頼りない」とか母親に言われて続けてましたね。それでとても傷ついたのです。
冗談抜きで、その傷を癒すのに40年はかかったと思います。
しかし、傷ついているというのに気づくのに大半の時間を要したと思います。

[ 2008/06/28 06:35 ] カーク [ 編集 ]
● dr.stoneflyさん

「子どもを心配する母親」というのは、「慈母」として世間的にプラスイメージだったりするので、なかなか厄介なんですよね。気をつけないと「子どもを心配するのは、母親として当然のことです!」なんて逆ギレされかねないので。

男の子の方が「心配されること」のダメージが大きいんですよね。常に「しっかりしなさい」と自立を促されているので。でも、「心配される」=「男として半人前」という暗黙の了解があるので、一定の年齢を超えると、母親から露骨に「心配」されることは減るんじゃないかなと思います。

その点、女性の場合は「心配する」のも「心配される」のも、ジェンダーに沿っていてマイナス要因ではなかったりするので、する方もされる方も無意識な場合が多い。つくづく「女らしい」と評価されることは、それと引き替えに、自分の力を手放すことに繋がっていることが多いなぁ、と思います。


●なめぴょんさん

問題が解決した後に「実は、心配してたんだよ」と過去形でいうのはセーフかな。
ずっと見守ってたよ、気にかけてたよ、でも、あなたを信じてたから言わなかったってことだから。

私の母親が「心配、心配」と、自分の感情をダダモレにする人で、それって、渦中にいる人間に、自分の感情をさらに背負わせることなんだけれども、それにちっとも気づいていない。「心配されるのは負担だから」と言っても「心配させるあなたが悪いんでしょ!」と逆ギレ。

第三者として冷静に見てみると、「あなたが心配」ということばを子どもにせっせと投げかけている母親というのは、得てして、生き生きとしているものだったりします。(^_^;)


●カークさん

>傷ついているというのに気づくのに大半の時間を要したと思います。

そうだったでしょうね。「傷ついている」、さらには「傷つけられた」ということ自体が「男らしくない」こととされますし、しかも子どもの頃の傷が長く残っているというのは、尚更認めたくないことだったと思います。なので、男性の場合、そういう傷つきは、怒りとして表出することが多いようです。でも「傷ついている」というところからはじめないと、傷は癒えないんですよね。

気付けてよかったですね。^^
傷ついていることを認めるのは、勇気のいることだったと思います。でも、その気持ちをご自分で認められたのは、認めても揺るがないだけの、カークさんの地盤ができていたからなのかもしれませんね。

[ 2008/06/28 08:20 ] 水葉 [ 編集 ]
私もこの前似たようなことを書き殴ったところで、
しかも今、身の回りでガチャガチャやってる人らがいるもんだから、
読んでてお腹のあたりがキューーーッと痛くなっちゃったわ(苦笑)

私と娘の関係においては、絶対に絶対に絶対に繰り返すまいと思っています。
[ 2008/06/28 13:35 ] アミ [ 編集 ]
母親から娘へのメッセージは強烈ですね。

ある年齢に達するまで「あなたが心配だから、’男性並み’にお勉強やお仕事をがんばってちょうだい」というメッセージを送り続け、あるときを境に「’女性としての’あなたが心配だから結婚してちょうだい」と言い始める。その豹変振りに傷ついていたのだと気がつくのに、私も15年近くかかってしまいました。そして今も続く「’私が’心配で死ぬに死ねないから結婚して」攻撃にはどうしたらいいのかわからない。勉強や仕事はいくらでもがんばれるけど彼女が望むそれだけはかなえてあげられそうにないから。
[ 2008/06/28 15:44 ] さめ [ 編集 ]
●アミちん

うん、読んでたよ。忙しくてなかなかアップできなかったんだけど、このテーマは絶対書こうとあたためてました。「あなたのためを思って」「お前を守ってやる」に続く第三弾だね。

世代連鎖は私もコワイ。時々「あ、母と同じ怒り方をしている・・・」と気がついて落ち込むこともあるんだけれど「気づいているかどうか」って大きいんだよね。そこにお互い自信を持とう。^^


●さめさん

結婚すれば心配されなくなるかというと、そうでもなく、「子どもはまだか」「ひとりっこはかわいそうだ」「義理の両親との関係はどうだ」「ご近所づきあいはちゃんとできているのか」などなど、次から次に湧いてきます。

「石川や 娘の気力は尽きるとも 母の心配の種は尽きまじ」
ーーー石川もうええもん


結婚しろ攻撃に対する防御サンプル。
「ねえ、お母さんは、結婚して幸せだったの?」
「結婚しても私が幸せになれなかったら、お母さんはどう責任取ってくれるの?」
「私はお母さんの心配をなくすために、結婚しなきゃいけないの?」

一撃必殺のグッドアイデア募集!
[ 2008/06/28 23:32 ] 水葉 [ 編集 ]
わかってきました.こういう記事を書いて下さったことに感謝します.母が「心配」をする人でした.そして私は長男.カークさんと同様に「長男なのだから…」と言われました.
心配してやってるのに,と母から恩着せがましく言われても,「心配」されることはなぜか苦痛でしかなかったのです.それが,信頼されない苦痛,力を奪われる苦痛であったのだと,いま気づきました.
[ 2008/06/28 23:58 ] 三ねんせい [ 編集 ]
うーん、ぐさぐさ突き刺さるなあ(笑)

私はまだ、ムスメの手を離す準備ができていないらしいです。
ムスメも来年には小学生になるので、
そろそろ彼女を信じなくてはと思ってはいるんですが。

先日、ニュースでスポーツアカデミーという日本のスポーツ
英才教育について紹介していました。
私は、子どもが小学校の段階で選抜されて、
家庭や自分の学校を離れてスポーツ漬け(こういう言い方もまずい…)
になることには疑問を感じるのですが、
夫は、それも子ども自身の選択のはずだと言います。

うーーーん、そうなのかもしれない。
でも子どもの選択を信じる、というのは難しいな、と改めて思いました。
それから、子どもが選択したときに“心配”するなら、
そこに自分自身の価値観が反映されていないか、確認しなくてはいけないな、とも。
(スポーツ漬け、っていう見方はまさに私の価値観^^;)
[ 2008/06/29 11:11 ] えあしゃ [ 編集 ]
●三ねんせいさん

そうそう。恩着せがましいんですよね。(-_-)ゞ
そのくせ、自分の思い通りにならない雰囲気を感じたら「じゃあ、勝手にすれば」と、態度が豹変するのも、勘弁して欲しい。

過干渉と突き放しを極端に行き来すると、コントロールしやすいんですよね、相手を。
というのを重々わかっているくせに、娘には「じゃあ、ママはもう知らない!」てのはやっちまっている自分がいて。日々、修行ですね。


●えあしゃさん

小学生で手を離さなくてもいいのではないかと。(^_^;)

娘を中学から全寮制の学校に入れた友人がいますが、勇気あるなぁ、と思います。
私はたぶん無理。間違いなく「いやだー!ママが淋しいから、ダメ〜!!」とかやっちゃうと思います。

そういう気持ちも率直に出しつつ、娘の気持ちも聞いて、納得のできる答えを都度出していくしかないのかなぁ、と思ったり。その子の精神的な成熟度合いにもよるでしょうし、年齢で判断するのは難しいかもしれませんね。私的には、20歳前後で親離れ子離れできたら十分ではないかと思っています。

子どものことを心配するのは親の「業」みたいなものだと思いますが、それを「あなたが心配」と子どもにダダモレにしなきゃいいんじゃないでしょうか。^^
[ 2008/06/29 15:00 ] 水葉 [ 編集 ]
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[ 2008/06/30 11:50 ] [ 編集 ]
●鍵コメさん

あなたの気持ちは、十分彼女に伝わってるんじゃないのかなぁ。
そういう時、掛けることばって難しいですもんね。そういうあなたの戸惑いや気遣いも含めて、彼女にちゃんと伝わっていると思います。^^

ちなみに、私は「心配かけてごめんね」と言われたら「心配かけてくれてうれしいよ」と返すこともあります。「心配するのが当たり前」とは言わないかな。「友達なんだから、こんな時くらい、心配させてよね」というふうな言い方はするかもしれません。

>彼女の負担にならないで
>見守って行くには
>周りの者はどうしたらいいんでしょう?

彼女に聞くのがいちばん手っ取り早いかも。
「あなたの力になりたいと思ってるのだけれど、私は何ができるかな」とか、
「私からの電話やメール、負担になってない?」とか。

たぶんこれからは、彼女の様子を見ながら、徐々に、あなたがこれまで彼女に接していたように接するようにしていくといいかもしれませんね。「今は落ち込んで当然。でも、いつか絶対元気になれるからね」というメッセージと一緒に。彼女が元気だった頃と同じように接することは、彼女の中の「元気な私」というセルフイメージに働きかけてくれるかもしれません。悲しみの中でいると、「元気な頃の私」って、忘れちゃうものだから。
[ 2008/07/01 07:29 ] 水葉 [ 編集 ]
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[ 2008/07/01 20:40 ] [ 編集 ]
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[2008/06/28 19:57] Heureux tous les jours
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